カントリーロード

人生がわからない。とりあえず自分の葬式代を貯める。透明人間。

高校時代の話

 

rokuharayasuto.hatenablog.com

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前回、前々回に引き続き、今度は高校時代の話です。

 

高校1年の時の話。

見事定員割れにより地元公立進学校に入学した私は、速攻で孤立しました。

というのも中学デビュー失敗のトラウマがあったからです。

同中の人間もそれなりの数いましたから、他中出身者と友だちになったところで、中学時代にいじめられてたことをバカにされたら離れていくだろうなって。

離れていくんなら最初からつくらなくていいや、みたいなスタンスで、友達づくりをしようとしませんでした。

みんなは友達づくり、グループづくりに必死です。

それを脇目に一人で昼飯食ってました。

近くで飯食ってる女子グループから「あいついつも一人で飯食ってるよね」とバカにされた記憶があります。

でもあまり気になりませんでした。

昼飯を一人でじっくりと堪能するのだけが学校生活における楽しみだったので。

現在の私の孤独の原型はここにある気がします

 

学業は初っ端から意味不明でした。

中学から高校でレベル上がり過ぎじゃないですか?

数学とか英語とか、得意科目だったのに、基礎問題さえついていけなくなりました。

その他の科目も理解不能

なのに毎日のように課題はたくさん出されるわ、小テストだらけだわ、赤点とったら呼び出されるわで大変でした。

馬鹿がばれないようにするのが大変でした。

というのも高校の校風自体が成績至上主義みたいなところがあり、ぼっちでしかも勉強できないことがバレたらもう終わりだったからです。

なのでテストで低い点数をとってもさも何もなかったかのように答案用紙を受け取り、赤点で呼び出されたときも、別の用事で呼び出されたかのように振る舞ってました。

しんどかった。

 

部活は入りませんでした。

高校は勉強重視でいいという親の方針もあって、むしろ入るなという感じでしたし、日々の課題や学習にできないながらも精一杯だったので。

 

文化祭のときはクラスのみんなで釘を打ったりして展示物を作りました。

私はめんどくさかったのと、やたらと友情っぽい雰囲気を出して仕切る体育会系が気に入らず適当にやっていたので、よく注意されていました。

塾には通っていなかったけど塾があるから、などといって制作物の手伝いをサボっていました。

あんなのがんばって何の意味があるのか、未だにわかりません。

できあがったのも、しょーもないブッサイクな展示物でしたし。

 

 

 

高校2年の時。

2年で文理選択があり、私は文系を選びました。

理由は単純で勉強ができなかったから。

理系は科目数が多いですから。

クラスの6~7割は女子でした。

なお彼女などはできませんでしたので、ご安心を。

むしろ気持ち悪がられてました。

ぼっち飯も相変わらず。

 

高2のときの思い出は……学校のことはそんなにないんですよね。

強迫性障害の症状が人生のピークに達してて、汚れが気になって気になってしょうがなく、しょっちゅう手を洗ったり、下校時の道も車の通りが少ないところを通ったり(排気ガスが身体に着くきがするから)、家に帰ってから2時間くらいシャワー浴びたりしてました。

これはかなり辛く、苦しかったです。

潔癖だと周りからも嫌がられるし。

 

あとは……修学旅行くらいかな。

北海道に行きました。

ニセコでスキーして、あとは札幌とか小樽とか旭川とかを見て回ったかな。

案外、楽しかったです(スキー以外)。

雪で滑ってコケて、手をついたときに切ってしまい、そのときの傷が小さいけどまだ残ってます。

修学旅行中に食事の時間、担任の結婚祝いで数人の男子が大声でミスチルを歌ったりしてて「よくそんな恥ずかしいことできるなぁ」と思った覚えがあります。

 

文化祭はとてつもなくしょうもないものをつくっていました。

あれ、なんなんだろう。

思い出せないというか、言葉に表現できないようなもの……。

相変わらず制作に協力せず、非難轟々でしたが、無視して帰ったりしてました。

私一人が協力したところで変わらんでしょと。

 

 

 

高校3年の時の話。

クラスはほとんど持ち上がりで、数人が入れ替わっただけでした。

いよいよ大学受験が迫ってきましたが、私の学力ではとてもじゃないけど一般受験ではどこの大学も受かりそうにはありませんでした。

なので指定校推薦も考えたのですが、私より成績の良い人間に枠をとられ、一般受験するしかなくなりました。

そんな状態にもかかわらず、私は強迫神経症からくる強迫行為に必死で勉強は手につかず、ひたすら手や身体を洗ってました。

 

どうでもいい話ですが、三者面談のとき、廊下を急ぎ足で歩いていたら下級生から「あいつブッサイクやな」と馬鹿にされたのを覚えています。

これから面談なのにこれかよ、と思いましたが、まあそんなのが日常だったので当時は気になりませんでした。

理系クラスに呼び出されて、何かと思ったら顔を指さされて笑われただけだったときもありました。

当時はメンタルが強かったのか、強迫行為に神経が行っていたのか、あまり傷つかなかったです。

今ならつらいだろうな。

 

大学受験は見事に失敗。

名前書けば受かるところにどうにかひっかかったくらい。

結局、浪人することになりました。

卒業式で「○○大に受かった」だの「国立の結果待ち」だの言ってる学生を横目に、「やっと高校を卒業できるのか」と喜びに満ちあふれていました。

3年間、ほんとうにつまらなかったから。

ちゃちゃっと卒業式を終わらせて、自室に卒業アルバムを放り投げ(今どこにいったのかわからない)、私の高校生活は終わりました。

 

 

以上、簡単な自分史、小中高編の終わりです。

高校以後はめんどいので書きません。

前田仁さんのホームページをアーカイブで見て、触発されて書いてみたけど、内容も薄いし見づらく、当時の画像もない。

へったくそな記事になりました。

彼はあれだけこだわった作品をつくれたのだから、自殺しなくてもやっていけたんじゃないでしょうか。

残念でなりません。