カントリーロード

人生がわからない。とりあえず自分の葬式代を貯める。透明人間。

中学時代の話

 

rokuharayasuto.hatenablog.com

 小学校時代に続いて中学校時代の話。

 

中学1年の時は、つまらなかった小学校高学年時代を挽回するべく、中学デビューを目論む。

しかし、同じ小学校から来た連中が大勢いたので、相変わらずそいつらに馬鹿にされ、一瞬でその野望は打ち砕かれる。

 

部活は帰宅部がよかったけど「絶対に何か入れ」と親に強制されたこともあり、どれかにはいることに……。

パワポケにハマってたこともあって、野球部に入りたかったけど、DQN具合にドン引きしてソフトテニス部に入る。

テニスは中学から始める人間が多いからという理由だったように思う。

ちょうどテニスの王子様ブームの時期で入部者が多かった。

最初の頃は他の人とも仲良くやれてたけど、練習していくうちにド下手でみんなとの実力差が離れていき、まともに球を打てない私は嘲笑の対象に、辞めたかったけど、親に何度交渉しても辞めさせてくれなかった。

 

勉学の方はというと最初の頃は200人くらいのうち60番前後だった。

自分の中では半分以上より上だったし「いいほうじゃないか」と思っていたけれど、親からは「なんでそんなに順位が低いんだ」とドヤされた。

それでも大して勉強時間を増やさなかったけど、みんなが息切れしてきたのか、秋ごろからはいつの間にか30番前後に順位が上がっていた。

塾は地元の学習塾に行っていた。

この頃は他校の女子とかとも塾内で話していたりと、今の自分からは考えられない状況だった。

場所がちょっと離れたところで、同じ中学からの塾生がいなかったのが大きかったように思う。

 

 

 

 

中学2年の時は端的に言って最悪だった。

中1の後半からその風潮はあったんだけど、いじめが始まったのだ(理由は小学校のときと同じく、顔が不細工だからとか、そんなの)。

小学校の時よりつらかったな。

ともかく俯いていた。

部活でもいじめられるからサボり気味になって、よくゲーセンでガンダム連邦VSジオン?とかいうやつ)をやったりしていた。

あとこの頃はGBA最盛期だったこともあって、色んなソフトをやってたな。

パワポケ5にハマってた覚えがあります。

 

友達は一人だけいて、そいつとよくゲーセンに行くのが楽しみだった。

けど3学期になったら疎遠になったんだよね。

多分、他の同級生から私について何か吹き込まれたんだと思う。

露骨に避けられるようになったから。

でもまだ仲が良かった時、そいつから「修学旅行の班、同じところにしようぜ」と誘われたのだけは、ほんとうに嬉しかったな。

 

勉強のほうは相変わらず30~40番位を維持していた。

けど常に「高校受かるかな?」「内申は大丈夫かな?」という不安に取り憑かれてしんどかった。

進学する高校は既に親に指定されていたから。

そこ落ちたら私立なわけよ。

私の地方で私立なんて、一部にある中高一貫の超難関校をのぞけば不良の溜まり場みたいなところが多いわけよ……。

絶対嫌じゃないですか。

だから公立に意地でも入らないといけなかった。

親に指定されていた高校は成績的にギリで、常にプレッシャーがあった。

 

部活では先程もかいたように嘲笑に加えていじめが始まった。

ややこしいんだけどソフトテニスってダブルスしかないのよ。

だからぼっちだろうがいじめられてようが、誰かと組んで試合に出ないといけないわけ。

ヘタクソだしいじめられてる私は、相手を見つけるのが大変で、凄くストレスだった。

みんな嫌がる。

でも人数が偶数だから、公式戦とかだと誰かと確実に組むことになる。

私と組むことになった人間は怒るわけよ。

「あーあ、終わった」みたいなこと言って……。

で、親に辞めさせてくれと相変わらず交渉していたんだけど「部活やめても勉強しないでしょ」とか何とか言って相手にしてくれなかった。

ヘタクソだしいじめられてて辛い、なんて言えないしね。

 

修学旅行は京都だった。

11月くらいだったかな。

前述の仲が良かったやつと不良グループの最後の数合わせに入れられた。

ややこしいことに、私はカースト中の上~中の下くらいの人間からはいじめられてたんだけど、学年有数の不良とかにはそんなに嫌われてなかったこともあり、あんまり気まずくはなかった。

向こうからしたら歯牙にもかけてなかったんだろうけど。

私と友人以外のほとんどの人間が旅館の部屋内でタバコ吸ってたよ。

私らはGBAでひたすらパワポケの対戦やってた。

全体的にひっそりただみんなの後ろについてただけだったね。

その後の振替休日がめっちゃ楽しみだった覚えがある。

 

 

 

 

中学3年の時は前年のいじめとかが教師間で意識されていたのか、おとなしい人ばっかりのクラスに……。

中2の終わりに唯一の友人を失った私はクラスで孤立していたけど、周りがあまりにもおとなしくて、孤立してても気楽だった。

3年間で唯一無遅刻無欠席だったほど。

休み時間はGBA版のダビスタをやっていた。

ぼんやり過ごしていただけなのであまりエピソードがない学年。

 

相変わらず高校受かるんだろうか、という不安は消えなかった。

勉強は不安感からか必死になってやるようになり、順位は上がり、20番前後であることが多くなった。

それなのに、滑り止めで受けた私立の特進コースは受かっていたけど、あんまり点数はよくなく、不安感が増す結果に。

しかし、本命の公立入試が数人定員割れを起こすというミラクルを起こし、受験者全員が合格した。

何のために夏休みとか冬休み、がんばって勉強したのかわからなかった。

ちなみに、塾は中2のときに辞めて自宅勉強に切り替えた。

理由は塾で馬鹿にされるようになってきたからとかいう単純な理由。

 

卒業式後は何もせずささっと親と帰ろうとしたのだが、野球部のYが誰とも写真もとらず、卒アルに何か書いて帰るわけでもない私に同情したのか、「写真一緒に撮ろうぜ」と言ってきた。

正直、虚しかったし、嫌だったのだが、双方の親がいる手前断れず、渋々承諾した。

現像した写真を見ながら「こいつぼっちだったんだぜwww」とか馬鹿にされたのだろうなとか思っている。

高校入学前の1ヶ月は人生で一番気楽だった。

ガンダムSEEDとか双恋のDVDとかをレンタルショップで借りて見ていた。